映画「アルツハイマーと僕~グレン・キャンベル音楽の奇跡」 令和元年9月21日公開 ★★★★★
(英語 字幕翻訳 林達也 字幕監修 城田雅昭)
ギタリストとしてザ・ビーチ・ボーイズなどの楽曲に参加し、
カントリーミュージシャンとしてグラミー賞などを受賞してきたグレン・キャンベルは、
2011年、アルツハイマー病であることを公表する。
医師からギター演奏を断念するよう忠告されたにもかかわらず、
キャンベルは家族を連れてさよならツアーを行う。 (シネマ・トゥデイ)
古いプライベートビデオに見入るグレンと妻のキム。
「あの子は誰だ」
「デビーよ」
「あの男は?」
「やだ、あなたよ」
「あれがビリーよ、2番目の奥様。
3番目はサラ。そのあと私と出会った・・・・
子どもたちは息子が6人と娘が2人」
「そりゃ、すごい!」
このとぼけた発言をしているおじいちゃんこそ、
アメリカの誇る偉大なるカントリーシンガー、グレン・キャンベルなのでした。
彼の曲は同時代に生きてなかった人でも、絶対に聞いたことあるはず!
私もヒット曲はだいたいわかりますが、
4回も結婚して、子どもが8人もいるなんて知らなかったので、のっけから驚きました。
ただ、本作に登場するのは、4人目の妻キム(キンドリー・ウーレン)と
彼女との間にできた3人の子どもたちだけなので、混乱はありませんでしたが、
歳の離れた若い妻との間の子どもたちは孫ほどの年齢なので、
終始頭のなかでは、ついついいつもの「年齢計算」をしてしまいました。(後述)
2017年に亡くなったことは周知の事実なので、
大スターだった彼の過去の栄光を偲ぶ映画と思いきや、それはほとんどありません。
彼が2011年にアルツハイマーを公表し、その後全米をツアーで回ったり
グラミー賞のステージをつとめたり、新しいアルバムを発表したりした約1年あまりの期間、
彼と彼の家族に密着してその日常を撮影したドキュメンタリー映画なのです。
2011年、専門医との問診のシーンから。
今日は何年何月かわかりますか?
「さあね、そういうことは気にならないタイプなんだよ、1870年とかそんなとこだろう」
単語を4つ言うから、覚えてください、リンゴ…ジョンソンさん・・・チャリティ・・・トンネル・・・・
「そんなのすぐ忘れちゃうよ、でもギターなら弾けるさ」
そして、MRIの画像で脳の海馬部分が委縮していることを説明され
「アルツハイマーという病気」であることが宣告されるのですが、
ちょうどそのころ彼は「ゴースト・オン・キャンバス」のアルバムの制作中で、ツアーも控えていました。
彼と家族は、アルツハイマーを公表したうえで、最後のツアーをやることを決め、
その準備に入っていきます。
ツアーには3人の子どもたちと妻も帯同し、彼を支えますが、
「元気なうちに父の人生を祝福したいが、キャリアの終焉が近いことは実感した」
「病気に侵されての表舞台なんて勇気あること、といわれるけれど
常に危険ととなりあわせで生きた心地がしない」
全米をメンバーやスタッフたちとバス移動するツアーが始まると
もう、彼の姿は見納め、これが最後・・・というファンたちでどこのステージも満席となります。
一方で、観客はアクシデントを期待しているんじゃないかと思ってしまったり、
(映画のなかでは言われなかったけれど)
「病気を口実にした閉店セール風プロモーション」
みたいな批判もきっとあったでしょうね。
「彼の輝かしいキャリアに傷をつけるのでは?」
「ミュージシャンとして絶対音感を失ったら、もうできないでしょう」
と、音楽関係者たちも心配を隠せません。
ところが、病気は、彼の音楽の天賦の才能まで奪うことはできなかったようで、
小さなトラブルはあるものの、ちゃんとステージはできてしまうんですね。
「ジェントル・オン・マイ・マインド」のイントロがずっと流れていてもなかなか歌いださない彼に
みんなはひやひやなんでしょうけど、歌が始まればもう大丈夫。
歌詞はプロンプター頼りでも、張りのある優しく美しい声は昔のままで
ギターソロも完璧!
ここはどこか、今は何年かもわからないはずなのに、曲の合間にはMCまでやっちゃいます。
「彼は公演を楽しんでる」
「観客が脳にアクセスする力をグレンに取り戻させたんだ」
「(認知機能はどんどん衰えているはずなのに)ここまでキープできているのは、音楽の力」
「まさに奇跡! 同じ病気の人たちにも勇気を与えてる」・・・・・
やがて彼にはグラミー賞の「特別功労賞」が与えられ、全米に生中継されるステージにも登場します。
彼仕様のツアーのステージとは違いプロンプターも見づらいんですが
妻たちの心配をよそに、見事なパフォーマンスで絶賛を浴びます。
彼はまたアルツハイマー患者のひとりとして、この病気の認識を広める活動にも参加し、
議員図書館でコンサートをしたり、連邦議会で娘のアシュリーが発言したりもしています。
アルツハイマーの早期診断や治療薬の開発に国防費並みの予算を獲得しようとしたら、
彼のような大物の啓蒙活動がどうしたって必要です。
ツアーも終盤にはいるころには、実生活ではかなり問題をかかえるようになり
医師からも
「いよいよ認識力も判断力、言語機能も失われ、幻覚や妄想に支配され、
音楽的機能が失われるのもまもなくだ」いわれても
なぜかステージはこなせてしまう日々。
2012年11月30日、カリフォルニア州ナパでのコンサートをツアーの最後に決め、
ついにこの日がくるのですが
「心の底からキツイ一日だった」と、妻のキム。
同じ曲を何度も繰り返したり、えんえんとしゃべり続けたり、
音響担当をステージから名指しでしかりつけたり・・・・
後ろでサポートしているメンバーたちはひやひやしっぱなしでしょうが、
会場からブーイングされることはなく、娘のアシュリーによれば
「観客たちはずっと父の味方だった」
「あんなに悲惨な状態だったのに・・・・・」
そしてツアーは本当の終焉をむかえます。
「なぜ病気を公表したうえで無理にツアーに参加させるのか、
愛する人を危険にさらすのか、といわれるけれど、
危険を冒してでも、グレン・キャンベルとして人生を全うすることを選んだ」
と、キムは語ります。
エンドロールで、2017年に81歳で亡くなったことが流れますが、
実はこの映画、2014年、彼の生前にアメリカでは公開され、
サウンドトラックがグラミー賞も受賞していたんですね(知らなかった!)
なので、彼の「追悼映画」ではなく、
今も病気と闘うグレンキャンベルとその家族のドキュメンタリーなのですよ。
ここで彼の家族のことを・・・・
彼は生涯4回の結婚をして8人の子ども(一番年長の娘は1956年生まれ)がいるのですが、
本作に登場する「家族」は4人目の妻のキンドリー(キム)と、彼女との間に生まれた3人の子どもだけです。
グレンキャンベル 1936年生まれ 75歳(2011年当時の年齢)
キム(妻) 1982年に結婚 年齢不明
カール(長男) 1983年生まれ 28歳
シャノン(次男) 1985年生まれ 26歳
アシュリー(長女) 1986年生まれ 25歳
キムがあんまり若く見えるので、子どもたちは先妻の子どもたちだろうと最初思っていたのですが
何と3人ともキムの子どもでした。
この娘のような妻と孫のような子どもたちとずっといっしょにツアーを敢行できたグレンは幸せですよね。
3回も離婚したミュージシャンだったら、きっと人生に後悔や子どもたちへの贖罪もあったでしょうが、
最期にこんな家庭を持てて、素晴らしいのひとことです。
特にステージの一番そばで父を支える末娘アシュリー。
彼女は歌もバンジョーの腕前も、グレン・キャンベルの偉大なDNAを継承した
すぐれたミュージシャンで、父の一番の理解者です。
演奏シーンを思い浮かべるだけで涙がでそうになります。
アルツハイマーはとても残酷な病気で、
いくら健康に気を使い、日々精進していたとしても、誰にもやってきて、
軽い物忘れと安心しているうちに
だんだんと時間や場所や人の認識ができなくなり
物の使い方がわからなくなったり 言葉を失ったり
身近な人がわからなくなったり・・・
どんどん認識力を失う過程で、うつや無気力、妄想や幻覚、
暴言や暴行などで家族や介護者を深く傷つけることも・・・・・
実は誰よりも行動的で頭脳明晰だった私の母も74歳でアルツハイマーを発症しましたが、
「答えられないことを話術でカバーしようとする」のも
「音や光に敏感になって口うるさくなる」のも
「親しい人が自分のものを盗んだと疑心暗鬼になる」のも
全部思い当たるので、
何度も胸が痛くなる思いでした。
母も(全然レベルは違うけれど) 歌うことが大好きで、
他のことはなにも覚えられなくても、なぜか歌は完璧に覚えられて
ちゃんとステージにもたててたんですよね(娘としては心臓バクバクですが)
なので、ステージ脇で見守るキムの気持ちは痛いほどわかりました。
シネマカリテのロビー展示は、アルツハイマーとは関係なく、
過去のヒット作のジャケットを集めたシンプルなものでした。
上から
① ラインストーン・カウボーイ
② ジェントル・オン・マイ・マインド(ウチイタ・ラインマン)
③ アイル・ビー・ミー
④ 恋はフェニックス
⑤ カミング・ホーム
③は本作のサウンドトラックで、聴きたいな~と思っていたら、
すでに夫が持っていました!
グレン・キャンベルのかかわった映画のことを最後に補足します。
彼は多彩な人なので、俳優や声優も器用にこなしていましたが、
そのなかでも一番有名なのが「勇気ある追跡」
2011年にリメイクされた「トゥルー・グリット」のオリジナル版の映画です。
グレンが演じたのは、準主役ともいえる、テキサス・レンジャーのラビーフで、
彼の歌う主題歌もヒットしました。
リメイク作ではラビーフはマット・デイモンが演じましたが、そういえば、なんとなく似てるかも・・・
彼が亡くなる直前に公開された「バッドガイズ!!」にも
グレン・キャンベルのヒット曲がガンガンかかったのをよく覚えています。
アレクサンダー・スカルスガルド演じる刑事が「グレン・キャンベルの大ファン」という設定でした。
これからも彼の残した音楽は、いろいろな映画を盛り上げることでしょう!
公開館はかなり少なく、レビューも極端に少ないのが残念ですが、
アルツハイマーと正面から向き合いながらも、音楽の喜びと奇跡に満ち溢れた作品です。
彼のファンも知らない人も、アルツハイマーの家族もそうでない人も
みんなに強くお勧めしたい作品です。ぜひ!